二〇一八【立冬】

2018年11月14日

だいぶ時間が経ちましたが、前文の続きとして読んでください。

 

三重県の中南部、奥伊勢と呼ばれる山間地域の集落「柳原」に蔵を構えます私たち元坂酒造ですが、周辺には多くの田畑が点在しています。山間地という事もあり、大きく区画整備された広大な面積の圃場はありませんが、小規模ながら水利が良く、遠い昔に開墾された水田が今も残っています。
弊社が伊勢錦を栽培している圃場の中には、およそ1000年前から作付けされていたという記録のある田圃もあります。これは、機械設備や技術が乏しかった時代の農民が「ここならば」と、気候条件や日照の最適な土地を選び開墾した、いわば名産地の証拠となりうる資料なのではないかと考えています。

それはさておき、1000年前と比べると現在の農業は格段に進歩しました。7割が森林という私たちの国土において、居住と農業生産を両立させる生活維持への弛まぬ努力がなければ、現在の豊かな暮らしはありえません。
特に戦後、集約型営農や農業協同組合などのスキームを立て、農作物のロスが無いような生産調整、不毛な農地にも潤いをもたらす化学肥料など、農業生産を合理化させることが命題として研究開発が進められ、そうして現代農業は自然の恵みよりも人智の勝る産業へと変化しています。

ところで、私たちは自社の田圃で今年から自然農法に取り組み始めました。超文明的とも言える近代農法の全く逆をゆく原始的な農法です。これに挑戦するきっかけとなったのが、伊勢錦の契約栽培をして頂いている農家さんのお話でした。「自然農法で作った作物はちゃんと正直な味がする。施肥した堆肥が、牛糞なのか鶏糞なのか、採れた大根をかじれば判別できる」と。

私たちの世代は、化学肥料や農薬などの人智によって育てられた作物の味しか知らない。

酒の原料となるコメは全国から買い付けることができますが、先ほどの話のようにそのプロフィールを感じることが出来るほど個性的な味を持った米はそう多くありません。

私たちの暮らす柳原地区の田圃は伊勢国の神領地として、化学肥料が誕生する1000年も前から御神前に米穀を奉納した歴史のある土地。そして育てる品種は、伊勢国で自然淘汰を繰り返し現世に蘇った最古の在来種・伊勢錦。この2つのファクターに人智が介入する必要など無いと確信しました。

酒造りにおいては、技術や設備のように努力をもってすれば再現できる要因が非常に大切です。しかし、それを皆が突き詰めていくと、ある一点のゴールに到達してしまう。ものづくりをする上で目指すのは、他社と同じ価値観ではなく自社にしか無い独自性。

では私たちが何を持ってそれを表現するのかと言うと、この柳原の環境に育まれ自然本来の味を持った伊勢錦しか無いと判断したのです。また、そうして原料米の育ったプロフィールを感じて頂き、柳原という過疎地の山村に目を向けて頂く。そうすれば柳原の田圃がかつての輝きを取り戻し、太陽光パネルに蓋された休耕田も活用することができ、豊かな田園風景が返ってくる。

柳原における日照や風向き・気温・雨などの気候条件、宮川が形成した地形と地質、伊勢神宮を取り巻く日本古来の文化、そして生活を営む人々、全ての要因によって酒屋八兵衛が醸され、それを味わって頂ける事が私たちの理想的な未来像なのです。日本人にとっての米、その大切な文化を繋ぐために。